化学メーカー営業マン日誌(2021秋)

日記

前回の日記からわずか1ヶ月の間に、さらに状況は悪化している。

聖帝サウザーオタクアカウントとして始まったような私ヤコバシであるが、最近は化学メーカー関連の人々にも新規にフォローいただいている。

インターネット上にて「化学メーカー勤務の集い」が開催できていてうれしい。

そんな同胞の皆様へ向けて、また「化学は関係ないけども興味ある」という人へ向けて、最近の化学メーカーが直面している原料高のヤバさと今後予想されることについて日記を書き残しておく。

「いざ鎌倉」

最近の化学メーカー営業マンはとても忙しい。僕もこの業界に入って早いもので7年になるが、一番忙しい。

今までは何年かに一度「いざ鎌倉」的な事態(原料の高騰による値上げ等)が発生していくさに赴いていた。

例えば2014年と2018年にナフサ(原油を精製したもの:石化製品の原料となる)の高騰があったり、

どこそこの工場が火事・爆発で操業停止からの原料タイトな状況のため値上げ、

などがあったりした。

こういう時には、普段はヒマな化学メーカー営業マンも「いざ鎌倉」と腕まくりをして奮戦してきた。

とはいえ、これまでの戦は長くても3ヶ月ほどで決着し収束していた。

しかし今回の「いざ鎌倉」は過去類を見ない大戦となっている。

一向に収束せず、はや半年以上が経っている。

第二波、第三波が立て続けに押し寄せてきているのだ。

御家人である僕ら化学メーカー営業マンも「いいかげん疲れてきたでござるよ…」といった感じだ。

2021年3月、異変生ず

まず第1次は前回の記事の通りだが、これは2021年3-4月頃に大騒ぎした。

アメリカは大寒波により凍りつき、発電ができなくなってしまった。

化学産業は大量の電力を使用するため、操業ストップとなり、アメリカの大手化学メーカーもフォースマジュール宣言を出してバンザイした。

化学品というものは、安価な上、量が多いので地産地消が基本だ。

すなわちアメリカで必要な化学品は北米で作り、ヨーロッパで必要な分はヨーロッパ域内で作る。

アジアも同じくで、アジアにおいては特に中国で多く製造している。

折悪く、昨年2020年はコロナウイルスの蔓延で世界経済は大減速、需要は激減した。

結果、化学品はジャブジャブに余り、実は価格は暴落していた。ここ近年で最低に安かった。

こうなると川上に位置する大手化学メーカーは利益が減って大打撃となる。

昨年2020年夏〜秋はジャブジャブに余った原材料を、ユーザー各社喜んで買い叩き、大いに儲かっていた。

そのため2020年秋ごろから川上の化学メーカーにおいては減産がなされ、価格の暴落を食い止める動きをした。

またコロナの影響で飛行機の運航本数は激減し、人々の移動が制限されガソリン需要も激減した結果、原油から航空燃料やガソリンを精製する動きも鈍り、その副産物として発生する化学品の原料もまた減った。

こうして歴史的な減産を行なったのが2021年1月ごろの出来事であった。

さらに運命の悪戯か、日本の大手化学メーカーにおいて「定期修繕」が立て続いていた。

定期修繕とはその名の通り、定期的に行うプラントの修繕工事である。

日本のみならず、世界各国の石油化学プラントは50年選手が珍しくない。

そのため設備は老朽化しており、何年かに一度、このような定期修繕が必須だ。

とはいえ定期の名が示す通り、この修繕は前もって計画されていたものである。

ゆえに通常、メーカーはこの定期修繕に入る前に、在庫の積み増しを行って定期修繕の数ヶ月を持ち堪えるのだが、この在庫積み増しが昨年の需要激減と価格暴落の影響もあってあまり行えなかったと聞く。

こうして定期修繕に突入していったその時、アメリカで寒波が発生した。

(「アメリカ 寒波 2021」で検索するとすごい画像が見られる)

アメリカは自国内で化学品を生産できなくなり、域外から材料を買い集めた。

その結果、化学品の価格は高騰し、急ぎ追加生産だ!と世界各国の化学プラントがアクセル全開で無茶な連続操業した結果、大小の故障や事故が続出、稼働停止した。

そして世界中でフォース・マジュール宣言が連発されたのであった。

フォース・マジュール(不可抗力)とは、人為を超えた予測困難で制御不可能な外的要因により、契約上の義務が不履行となる場合に免責を求めることを言う。

(引用:衆議院HPより)

これが今年2021年3月ごろの出来事である。

これまでと毛色の違う値上がり

この3月のフォース・マジュール宣言の連発を受けて、化学品サプライチェーンは一気に逼迫、火がついた。

基礎化学品の値段が過熱、我々中流の化学メーカーが買う材料が日に日に上がっていく現象が始まる。

これまでの交渉であれば、原油・ナフサ価格の上昇によって、数%の価格の上下のみで交渉していた。

しかし今回はフォース・マジュール宣言もあり、そもそもの生産・供給量が激減している。

モノがリアルに無いのだ。

そのためこれまでの値上げと異なり、希少ゆえ高価という、プレミアムの載った特殊な市況単価になってしまった。

このような事態はオイルショック以来のことであるという。

ちなみに東日本大震災の後も原料は多少、タイトになったようであるが、当時は東日本の各社工場がダメージを受けたこともあり需要も減って、また日本以外の海外メーカーの稼働には問題がなかったので輸入ができた。そのためあまり問題にならなかったという。

今回の世界的な原料難は、オイルショックの再来と言われている。

こうして素原料が大幅値上がりした。

モノにもよるが、10%以上の値上がりをしていた。

先述の通り、これまで化学品は数%、一桁%の上下幅であったから、この10%以上の上昇の異常事態が分かっていただけたかと思う。

これが今年2021年4〜5月の出来事で、この分はひとまず中流に位置する化学メーカーが受け止める形となった。

第1次値上げ

こうして大被害を被った化学メーカー各社は当初「数ヶ月なら…」と受け止める覚悟でいた。

しかし3ヶ月が経っても状況の改善は見込めないどころか悪化の一途をたどっていたこともあり、いよいよ堪えきれず値上げに入ることを決めた。

今年の7〜8月の話である。

値上げをしなければ大赤字。事業として存続不能なレベルでの値上がりが続いていた。

そして化学メーカー営業マン達はユーザー各社へ値上げの打診に赴き始めた。

先述の通り、これまでの値上げ・値下げは数%のレンジ内での交渉が基本だった。

しかしながら今回は一気に2桁%の値上げの通告となり、各業界は混乱した。

お客様の購買担当者も大いに驚き「そんな大幅な値上げは飲めない!」と強く反発した。

とはいえそれで引き下がれる状況でもない。

これまではなんとか吸収したり我慢できていた幅の原料値上がりだったが、今回は別だ。

原料確保の難しさ

化学メーカーは、製品を供給するために超高額な原料を仕入れざるを得ない状況となった。

しかもそれはただ高いだけではなく入手困難を伴っており、さながらオークションとなっている。

とにかくモノがないのだ。

世界的な化学メーカーはフォース・マジュール宣言と、アロケーション(供給制限・割り当て)を発しているので、世界各地でモノの引っ張り合いが激化している。

輸送する船もコロナの影響で乗組員が隔離されたりして、作業が進まないため、海の上は待機の船で溢れているという。

その間の乗組員達の人件費はもちろん発生するから、これもコスト上乗せとなる。

それらが絡み合い、この半年で原料の単価は倍以上になったものもある。

そんな市況の中でも、中流の化学メーカーはひとまず原材料を高値でも確保しなくてはならなかった。

そこにはもちろんお金も必要だが、今回は実績・信用・信頼も問われている。

これまで、買う側の立場が強いことを利用し業者に相見積もりを取り、一番安いところから買うといういわゆる「天秤買い」。

これをやってきた企業は今、総スカンを食らって、正規ルートで原料が十分量、手に入らない。新規の供給先を探そうにも今はモノ不足であり既存ユーザーにも供給制限しているくらいなので当然、一見様は売ってもらえない。

こうしてリアルに生産量に制限がかかり始めたのが、この秋、先月10月ごろである。

このような背景もあり、中流の化学メーカーは第2次の値上げを発表した。

2021年10〜11月のことだ。

第2次値上げ

夏に行われた第1次値上げは、かなりの抵抗があった。

とはいえそれも当然で、これまでに類を見ない値上がり幅だったからだ。

僕ら原料メーカー側も、その抵抗に屈した面もあり、オファーの半分くらいの決着が多かった。

それでも過去類を見ない値上げ額ではあった。

通常の倍以上の額だった。およそ10〜15%ほどアップだろうか。

そしてこの第1次値上げを受けて、最近では値上げを打ち出す企業が増えてきている。

もともと薄利でやっていたコモディティ品メーカーは耐えられないということだ。

しかしながら、最近第2次の値上げを打診していると、意外にも第1次の分は吸収して、我慢している企業が多い。

なんとか末端価格を維持しようと、数ヶ月耐えようという意志で自腹を切っていたらしい。

その心意気や良しと、一般消費者の身からすると思うが、これはビジネスでもある。

お客様もまた、我々の値上げを製品に転嫁していかなくては、いずれ商売として成り立たなくなってしまう。

そこにきて今回の第2次の値上げ。

しかも今回は石化製品だけでなく、シリコンや金属、顔料といった、無機の材料も大幅値上がりしていてーー

基本的には「全部上がる」状況となった。

しかも中には、リアルガチで入荷未定なものも増えてきているらしい。

ひとつでも原料が欠けたら、モノは作れない。

いよいよ原材料不足による生産減、最悪ストップによる最終製品の納期遅れがチラホラ始まってきた。

この現実を見て、ようやくユーザー各社も原材料確保のヤバさを認識し、また末端価格に転嫁しなければ生き残れないということを理解するに至った。

今まで安すぎた日本

思えばこの日本は、30年続く不況の中で、「とにかく安く」が染み付いてしまった。

結果それがさらなる不況を招くいわゆるデフレスパイラルに陥った。

ちなみに僕は経済学部だったので、このデフレ脱却を卒業論文の研究テーマとしたのだが、結局の原因は消費者マインドが冷え切っていることとわかった。

しかも消費者マインドの冷え、というのは「買わない」ということではなくて「買い叩く」という歪なマインドであったと思う。

これは家電量販店の功罪が大きいと個人的には感じている。

関東に住む僕がまだ小さかった頃は、値引きという文化は浸透していなかったように思う。

表示された値段で買う、が普通だったし、値切るなんて恥ずかしいことだと思っていた。

関西圏はまた違う文化なのかもしれないが、家電量販店が「交渉の末、値引きする」という文化を広めてしまったがために民衆は「言えば安くなるのか」という認識を持ってしまった。

もちろんこのことは、資本主義の自由経済において当然のことなのだが、日本はそれがちょっと行き過ぎてしまったと思う。

「他店より高かったら教えてください」などと始めてしまうから、値段叩き合いが始まった。

しかしその安値も、結局は特価で仕入れるからできることであって、売り上げが欲しいメーカーもまた、交渉に応じて、どんどん価格は下がっていった。

結果、企業の収益性は悪化しリストラや賃金の低下などを招くのであるが、これは元を糺せば消費者が買い叩きモンスターになってしまったから、そしてそれに小売りやメーカーが応じてしまったからなのだ。

僕が卒業論文を書いた約10年前においてはクルーグマン教授が「インフレターゲッティング理論」を提唱していた頃で、これは

「政府が主導してインフレをゆるやかに進めることで、現金の相対的価値が下がって貯蓄ではなく消費や投資に向かいやすくなるのではないか」

という理論だった。

もちろんこれは理論として正しいと思うが、こと日本においては「買い叩きマインド」という亡霊が人々の心にある限り、デフレは解決しないのではないか、と僕は思っていた。

皆が皆、合理的な判断ができるわけではないからだ。

そして今回の原料費高騰によるリアル品不足は、これを打破できる可能性がある。

リアルにモノがないので、安く買い叩こうとする顧客には

「じゃあ買わなくていいですよ^^」

ができるし、しなければメーカーはやっていけない。

今はとにかくモノがない。

そしてこれは一時のものでは?と考えたいところではあるが、脱炭素の動きを鑑みると、完全復活は見込めない。

長くなってきたので今後の見通しについては次回の日記にしようと思う。

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