雇われ人仕事の日記を書き残しておく。
2021年の晩夏、化学業界はエラいことになった。
中国が電力を政府主導でストップするというウルトラCを放ってきて、その余波が凄まじい。
また春から続く原料不足は一向に回復せず、さらに追い討ちをかけるようにSDGsやカーボンニュートラル、港湾労働者の労働環境改善の問題が急浮上してきた。
コロナで世界は変わったが、コロナとはまた違う軸で、化学業界は大きな変革の時を迎えつつある。
そんなことを書き連ねていく。
なお、これは化学業界のみで完結する話ではなく、化学業界からその他の産業に必ず波及して、最終的には一般消費者には「値上げ」「モノ不足」という形で現れてくるだろう(半年〜1年のタイムラグで表面化する)。
原料が足りない
今の状況を一言で表すなら「原料が足りない」である。
原料の供給が、物理的に足りない。
原料とは、化学の場合その多くが原油から始まる。
アラブ諸国などの地面から取り出す原油。その原油を精製して、ガソリンなどに分留していくのであるが、その中で化学品の原料の多くも精製される。
この原油の生産量、これまでも何度もコントロールされてきた。
OPEC諸国が「減産します」と言えば減産され、市場への供給量が減ると需要過多で値段は上がり、作りすぎてジャブジャブに余ると、安くなったりしていた。
僕の記憶では、2019年までの世界は、これを繰り返していた。
ジャブジャブに精製して、需要を超える供給をして、その結果安売り、そして減産して値段が元に戻る、というパターンだった。
しかし昨年から、自然災害が相次いでいる。
今年のアメリカの寒波もそうだし、中国の洪水もある。
一見、自然環境など化学には関係なさそうに見えるが、電力が止まったりすると何もできないから、やはり影響は甚大だ。
そうして大きな原材料メーカー、しかも世界的大企業がひとつでも具合悪くなってしまうと、途端に世界中の需要を満たせなくなってしまう。
化学品というのは、意外にも地産地消の性格を持っていて、アメリカの材料はアメリカで作り、ヨーロッパの材料はヨーロッパで、アジアは主に中国で、日本は日本で原料を作っている。
(現状では)安価なものであるから、長距離輸送するためのコストが折り込めないのである。
そのためその地域の大手メーカーがひとつでもダウンすると、その域内で化学品は一気に枯渇する。
実はこの世界の原料の均衡は、かなりギリギリの状態にあったのだった。
そしてトラブルが起きた場合、域外に原料を買いに行くわけだが、タイミング悪く複数の地域で多くの企業が同時にトラブってしまい、供給ができなくなってしまった。
とはいえこれは偶然でもない。
コロナの影響で需要減して、そのため減産していたところ、急な需要回復でアクセル全開にしたら工場壊れちゃったよ、という状態だ。
それが今年の春頃の話である。
SDGs、カーボンニュートラル、脱プラ
とはいえ、これまでも事故による一時的な生産減の経験はあったので、それが直ればまた元通りになるさ、というのが春頃の大方の予想であった。
夏頃には各国のプラントが復旧し、材料は再び市場に潤沢に現れてくるであろうと。
しかしながらそうはならなかった。
というのもSDGsとカーボンニュートラルという考え方が浸透し、各国が本気で取り組み始めたからだ。
SDGsとは「事業の社会的継続性」。
カーボンニュートラルとは、二酸化炭素の排出を抑制しようという取り組み。
脱プラスチックは、スタバがプラスチック製のストローをやめたり、レジ袋が有料になったアレである。
これらは20年前くらいから言われてきたことではあるけれど、これまではなんとなくナァナァでやっていた。
数字で厳しく目標を掲げだしたのはここ数年のことだ。
二酸化炭素を減らすには、色々方法がある。
しかしまぁ…人間が経済活動をすると大体、二酸化炭素は出る。
車や飛行機で移動しても出るし、電気を作っても出るし、電気を使って何かを作っても出るし、とにかく出るのだ。
これを抑えるとなれば、それはもう経済活動を縮小していくのが手っ取り早い。
それを鮮烈にやろうとしているのが中国だ。
そしてこのSDGs、カーボンニュートラルなどの考え方を無視していくことはもはや難しいだろう。
つまり2019年以前のように、ジャブジャブに石油から化学品を精製できない。
元には戻れない。
不可逆的な変化であったのだ。
もし元に戻すなら各国と世界的大企業が
「もうSDGsとかCO2削減とかやめまーす!地球環境?知らんわ!」
くらいのスタンスをとらないと元には戻らない。
それはもはや無理だろうから、僕らは新しい世界水準に適応していくしかないのだ。
悲しいけど中国次第
中国共産党は、二酸化炭素の削減目標を全然クリアできそうにない状況に焦っているようだ。
その強力な政治体制でもって、10月から厳しい電力制限を課した。
電気を70%カットするとして、週のうち2日しか稼働を許さないのである。
ここで浮き彫りになるのが、世界における中国の存在感である。
中国が世界の工場と呼ばれるようになって久しいが、特に化学材料に関して言えば、もはや中国の供給力なしに世界の需要を満たすことはできない。
あらゆる原料が、その源流を辿っていくと結局は中国に行き着いたり、その途中工程で中国を経由せざるを得なかったりする。
世界は効率化を求めすぎた結果、その資源の多くを中国に頼ることになってしまっていたのだ。
そこにきてこの中国の電力制限が世界中に及ぼす影響は計り知れない。
既にいろんなものが足りなくなってきている状況の中、さらになくなる。
これは値段が上がらないわけがない。
材料不足という淘汰圧
材料の供給量は減る。しかし需要は減らない。
そうなればもう値段は上がっていくしかなくなる。
供給量に対し需要量が多いなら、それはオークションが始まらざるを得ない。
そうして次には材料の奪い合い・確保合戦が始まる。
この合戦は総力戦になる。
まずはもちろんお金。
次にこれまでの実績と恩義ポイント。
これらが潤沢な企業しか、材料を確保することはできないだろう。
材料が確保できなかったら?
お客様に「材料が調達できなかったのでつくれませんでした」と謝るしかなく、お客様は当然、困ってしまう。
その連鎖が続いてしまったチームは、商品を作ることができず滅びる。
もしくは確保ができたとしても、その値上がり分を価格に転嫁できなかった会社もまた、利益がなくなって消える。
このように、強烈な淘汰圧が来年からはかかってくる。
なぜ来年かというと、おそらく3ヶ月くらいはこれまでの貯蓄で耐えられるからだ。
しかし貯蓄の切り崩しにも限度があるから、末端価格に転嫁ができない限り、いずれ滅びの運命からは逃れられない。
値上げを飲んで、そして自らも値上げしていく。
これができない企業は、正直生き残れないと思う。
それほどの原料市況なのだ。
値上げができる、とは
ここで大切なのは「値上げができるか?」である。
値上げ、と聞くと我々一般消費者には厳しい響きがある。
牛丼が値上げ、車が値上げ、野菜が値上げ…家計に厳しい状況である。
さて顧客はこのような値上げに直面したときに、選択を迫られる。
代替品を探すか、値上げを飲むか。
代替品が見つかるならばいい。
多少クオリティが落ちても、許せると自分で思えるなら切り替えればいい。
しかしそれができない、このメーカーのこれじゃなきゃダメなんだとなったら、あとはもう値上げを受け入れて買うしかない。
コモディティ品のキツさ
コモディティ品、とは簡単に代替品が見つかる品物だ。
響きとしては安物を想像するが、自動車や家といった高額商品も中古にしたり賃貸にすれば代替可能であるから、値段は関係ない。
とにかく「容易に代替可能」なものがコモディティ品である。
この特性を持つものは、どうやっても値段・コストから逃れることはできない。
「仕方ない、他から買うか」という選択肢がある製品を作っている会社は、非常に厳しい時代に入っていくだろう。
これを乗り越えるには、コッソリ業界内で談合して時期を合わせて一斉に値上げするとか、抜け駆けがないようにするしかない。
まぁ、そんな談合などせずとも、僕ら原料メーカーが満遍なく容赦無く値上げしているから、それに耐えきれず値上げをせざるを得ないと思う。
ただもしかしたら、戦略的に赤字出してでも価格保持して、ライバルからシェアを奪って、競合他社が全滅し独占状態になるのを待つ、というパワーゲームを仕組む企業も出てくるかもしれない。
これはもちろん体力がないとできないことだが、あり得ない話ではない。
10月から、価格交渉がスタートし始めている。
まさに「いざ鎌倉」な2021年秋。
また、忙しくなっちまいそうだなぁ。。と憂鬱な日記だった。
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