2022年は値上げラッシュと言われている。
これに対しては様々な意見があるかと思うが、化学メーカーの営業職という立場から見て、その原因と今後について私見を述べておこうと思う。
コストプッシュ型インフレ
結論からいくと、近年の値上げの原因は原材料費が上がったからである。
いわゆるコストプッシュ型のインフレだ。
ただ、単に値上がっている、というよりもこれまで異常に安くて、世界中から見て異質だった日本が世界標準に合わせていかざるを得なくなった、という形と僕は捉えている。
原材料費の値上がりは、僕が扱う化学品のみならず、食品も同様の動きをしている。
これは要するに「ジャブジャブに余らせるほど作れなくなった/取れなくなった」ためだ。
コロナ以前、そして脱炭素に世界が本気で取り組む前の2019年までが大量消費社会ピークだったのではないかと思う。
グレタさんの活動にスポットライトが当たり始めたのは2018年末から2019年夏頃で、この頃から脱炭素に関しては急ピッチで進んだと記憶している。
この以前はなんだかんだで京都議定書もパリ協定も、各国が経済的理由を盾にしてなんだかんだでうやむやにしていたし、日本国民の多くも「やらなきゃいけないのはわかっているけれど、値上げは困る」という世論であり、その意見に迎合して小売も、メーカーも脱炭素に向けた取り組みには二の足を踏んでいた。
「そりゃあ脱炭素、やったほうがいいんだろうけど、コストが合わない」
というのが僕がお客様との打ち合わせでよく言われたフレーズであった。
環境に良くないけど安価で素早く大量生産できるという既存の材料に、当時はどうあがいても勝てなかった。
この流れが変わったのがグレタさんの登場だと思う。
錦の御旗「脱炭素」
世界各国が政府主導で脱炭素に取り組むと、国際社会で明言した。
法規制を進めて、ガイドラインも示すようになった。
これまで「努力目標」というなんの拘束力も強制力もペナルティもない、インセンティブもなかった脱炭素という取り組みが、グレタさんを境に強烈に推進されるようになった。
トップダウンによる統制が本腰を入れて始まったのだ。
この動きに対して、大企業は賛同の意を表明したし、表明せざるを得ない。
大企業はその社会的責任を重視しなければならなくなってきているからだ。
特にこの人類の存亡に関わるという大義名分、錦の御旗をかかげた政策に反対するなどということはもはや、反社会的企業とみなされてもおかしくない環境となってしまった。
そのため消費者の意向はひとまず無視して、小売の大手企業は次々と「脱炭素」「SDGs」を表明し、その基本方針に組み込み始めた。
そのためこの方針に副わない製品は、どんなに安くても、どんなに性能が良くても、いずれ店頭や棚に並べることができなくなりますよとアナウンスがされているのである。
サプライチェーンの末端である小売の大企業がこの方針を打ち立てているならば、メーカー各社はそれに従わざるを得ない。
消費者にしても、そもそも棚に置いてなかったら手に取ることはできないから、いかに文句を言っていても、脱炭素でない安いものはいずれ買えなくなってしまう。
※「脱炭素やSDGs、全く考慮しません!」という非上場の中小企業の小売企業なら社会的責任ガン無視で安いのを売り続けられる。
石化製品生産量のピークアウト
この動きの中で、折悪く新型コロナが世界中で蔓延して、経済活動は急激にストップした。
結果、原油と、そこから生成される石化製品は2020年にはジャブジャブに余り、単価がかつてないほどに暴落した。
余りに余って皆がいらなくなるくらいになってしまったから、市況が暴落した。
これを見て石化製品メーカーは生産ペースを大きく落とし、在庫調整に追われた。
そしてコロナが一息ついた2021年は世界中で生産活動が再開されて、石化製品の需要が急激に増えた。
それまで生産を絞っていたので、急な需要増に石化製品メーカーは対応できず、世界的な材料不足となった。
そしてタイミング悪くアメリカには寒波が襲来し、アメリカも生産不能となり世界中の材料を買い集めることとなって市況は加熱、コロナ前の倍近くにまで各種原料が値上がりした。
これは需要が供給を大きく上回る時に発生するディマンドプル型のインフレであった。
この状況を見れば、生産を増やさなくてはならないのが明らかだが、ここにブレーキが掛かるのがそう、脱炭素である。
追加生産したくても、脱炭素の目標があるからアクセル全開にはできないし、またコロナ対策のために世界中の船舶は遅延しているし港湾作業員の数も足りない。ロックダウンも起こる。
さらに悪いことに、世界中のプラントはもう50歳を超えているものも多く、ボロボロだったりする。
日本の石化プラントも、高度成長期に建てたものばかりで、正直ボロボロなのだ。
これを直すのにも莫大な費用がかかるということもあり、廃業や撤退も世界中で相次いでいる。
結果、供給量はまた減る。
大量消費社会の終焉
こうして世界は以前のように大量生産ができなくなった。
僕が冒頭で2019年がピークと述べたのはそういう理由である。
脱炭素という目標がある限り、電力にも制限がかかる。
そして2020年、2021年を通じて多くの人が気がついたことがある。
「無理して作っても、おいしくないな」
ということだ。
2019年以前の世界は、原材料余りの状態だった。ジャブジャブにモノが余っていた。
というのもアメリカのシェール油田を不採算にして潰したろという思惑で原油価格を下げるべく、アラブ諸国がジャブジャブに産油していたからだ。
原油価格が50ドルないと、シェールは不採算になるとのことだった。そのため、なんとかこれを下げて、不採算にして潰してやろうと言う産油国の思惑があったのである。
そのため石化製品も材料が豊富となり、人類が使うよりも多い量が生産されていた。
原材料が豊富で、各社の条件にそこまで差がないのであれば、あとはいかに拡販してシェアを増やしていくか?が収益アップの道であった。
原材料費は底付近に張り付いていたから、あとはいかに数量を売り捌き、売上金額を増していくか?が利益の総額にも影響した時代だった。
売れば売るほど儲かった。
苛烈なシェア争い。
そのためには値段でくぐるのがわかりやすい。
だから各社、値段を下げて下げて競争したし、その戦いを有利に進めるために、原材料メーカーを買い叩いた。
特殊な国、日本
叩いて叩いて…ということを10年以上やっていたら、気付けば日本は世界で最も化学品が安い、不思議な国になっていた。
これは日本がデフレに陥り、同時に国民に、値下げの文化が染み付いてしまったためと僕は思っている。
末端消費者が小売店と駆け引きし始めて値段を買い叩くようになり、1円でも安い店に客が流れることもあり、小売は安売り合戦に突入した。
この安売り合戦に勝つためには、仕入れを叩く必要がある。
そのためメーカーも買い叩かれ、さらにメーカーも原材料を買い叩かざるを得なくなった。
これは消費者に買い叩く・交渉する、そしてそれに応じてしまうという文化を広めてしまった家電量販店のせいだと僕は思っている。
さて、そこにきて2021年の原材料不足が襲いかかってきた。
この時、貴重になった化学品の原材料は、奪い合いになった。
世界規模でオークションが始まったのである。
この時、日本が普段買っていた異様に安い化学品の単価は世界に鼻で笑われた。
「やっすwwwそんな値段じゃ売らねーよwww」
と言われ売ってもらなかった。
当たり前の話である。
そこで当初、日本企業は
「ウチはずっと100円/kgで買っていたんだ!高くなったとはいえ、出せて110円まで!折れないなら他から買っちゃうぞ!」
と強気に主張するも
「…中国は同じものを250円で買うっていうからそっちに売るね。タイとベトナムも245円っていうから次はそっちに売るわ。
たぶん110円じゃどこも売ってくれないよ?がんばってね」
と言われて初めて状況を理解して、泣きながら245円を出した。
これが日本の需要家達だった。
ただこれは、日本の需要家がバカだったとか驕っていたとかそういう話ではなくて、ただただ、日本の石化製品マーケットはガラパゴス化していたということを示している。
ある意味、鎖国していたのだ。
それが、2021年に世界マーケットがバーンと開いてしまって、そこに放り出された。
その時に、日本は自国マーケットがガラパゴス化していたのだと痛感したのだった。
世界標準マーケットへ
そして2022年になり、かつてのようなジャブジャブのモノ余りにはならなさそう、という悲観的予測が現実のものになってきて、いよいよ日本の需要家は覚悟を決めた。
今までが異常だったのだと、認めはじめた。
異常だったガラパゴス市場は過去のものとして、世界標準のマーケットでモノを買い集めなくてはならないのだと覚悟を決めつつある。
それが2022年の値上げラッシュの本質なのだ。
今回の物価上昇に対して、財政出動によるマネーサプライの増量や金融緩和が原因だとする説もあるが、これは核心をついていないと思う。
金融商品や、不動産の高騰は、確かにそうだろう。
しかしそうではない実物経済に関しての核心は、今まで異様に安かった日本ガラパゴス市場が、その殻を破らざるを得なくなって、厳しい世界標準に適応しなくてはならなくなったということ。
今まで異常に物価が安いという特殊条件でぬるま湯に浸かっていたところ、もう浸かれなくなりました、厳しい世界環境へ水揚げです、ということだ。
先述の通り、今回の値上げラッシュ、インフレはコストプッシュ型インフレであるから、企業は特別に儲かるということはない。
もしコスト増加している金額より多く値上げができているなら別だが、多くの企業はビビってしまってコスト増加分の半分くらいしか値上げができていないと感じる。
なぜなら僕ら化学メーカーが10%アップを2発、2021年の夏冬にそれぞれ叩き込んで計+20%原料費アップしているはずなのに、BtoC メーカーの値上げは10%前後である。
原材料費、計20%アップなのに10%しか転嫁していないということは10%分、自社の利益を減らしているということだ。
その10%のマイナス分は、株主にゴメンナサイするか、それが許されないなら人件費を削るしかないであろう。
もしくは自動化を推進して、必要な人員の数を減らしていくこと。
それが嫌ならば更なる値上げが要る。
岸田政権が目指す賃金アップは、仮に法人税の免除があったとしても、それはそもそも儲かっていてお金のある企業(法人税を払える黒字の企業)しか実施できない。
今後の予測
これから起こることを予測する。
原材料の供給総量は減っていくため、その奪い合いは自然とオークション形式になっていくだろう。
なにしろ原材料の総量が減るからだ。
そのためこれまでは有効だった
「たくさん買うから安くしろ」
は一定水準までしか許されず、むしろ
「オタク買いすぎですよ。
他のお客様へ売る分が足りなくなってしまう。
そんなにたくさん買うなら追加料金頂きますよ」
と、大量購入はペナルティ的性質を帯びてくるだろう。
そのため、これまでは有効だった、大量購入・大量生産による安価競争には自然とブレーキが、調整弁がはたらくだろう。
そうなると大量販売&安売り命のメーカーは徐々に適正価格へ近づいていかざるを得なくなる。
そうして市場に出回る製品の価格がほぼ同水準に近づいたとき、いよいよ品質が問われ始めるであろう。
「同じお金を払うなら、良いものを」
という判断を消費者はしていく。そのとき、技術力がある会社は評価されて生き残り、それまで「安いから」で選ばれていた会社は「品質が良くないな」として選ばれなくなっていく。
結果、淘汰されるであろう。
今までこの手の会社が生きていられたのは、原材料が豊富にあるという前提があったからだ。
「たくさん買うから安くして」が成り立つ環境だったからだ。
それが崩れてしまったのが2021年だった。
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