2022年4月は化学メーカー各社、大決戦が控えている。
3月決算の会社であれば、4月から2022年度が始まる。
同時に2021年度が3月末で締まった。
この2021年度の数字が確定、全貌が明らかになることにより4月は値上げ大決戦が行われることは避けられない。
資源高、各種トラブルの多発
ウクライナとロシアの戦争により西欧諸国はロシア産の原油の購入をストップし、それ以外の産地の需要が逼迫した。
ガソリンが170円近くなっているのはなかなか解消しそうにない。
それだけでなく、世界中の化学プラントでは日夜、大小のトラブルが発生し生産ストップを繰り返している。
そして、フォースマジュール宣言(もうムリです宣言)が割とフランクに発令されて、世界中で様々な原料が入手困難となるのだ。
日本においても3/16の福島沖地震により千葉のプラントもダメージを受け、また電力の不足もあり生産が止まってしまったりした。
市井の人として生活していると大きな影響はないと思ってしまう先日の地震であるが、実は化学業界には大きなインパクトがあり、そこからトラブルが連鎖し始めている。
そうして足りなくなった分を海外から輸入したいところであるが、これも厳しい。
中国上海でロックダウンがあったり、また東南アジアの化学メーカーもトラブル続きで、世界中で物資不足そして船不足の状況だ。
こうなるとやはり2019年以前のように自由な買い付けなどできず、資材・購買・調達という部署に所属する人達は毎日毎日忙しい。
購買部は社運を握る存在へ
僕は購買部の方に謝らなくてはならない。
以前僕は、聖帝師匠の白熱教室において
「購買はーー閑職ですね。
いつも決まったもの買うだけなんで。
値段は偉い人同士で決めますし」
と言ってしまった。大変申し訳ありません。
言い訳をするとこの収録は2019年秋であり、コロナ前、脱炭素前、円高の、買い手が有利だった時の収録だった。
そこからたった1年半の2021年春から、アメリカの寒波があり原材料不足が急に始まって、一気に売り手が優位の売り手市場になった。
そして今や、資材購買の担当者は会社の命運を握る人となった。
閑職なんてとんでもない。
人員不足が顕著なので増員がなされる会社も多く、そしてエース級社員の投入も始まった。
良い人材を購買部に集めなければ、材料の調達ができなくなってしまう。
今や簡単に「この値段では売れません。買っていただかなくても結構です」
と言われてしまう局面である。
下手に価格交渉しようものなら販売打ち切りもある状況だ。
相手を怒らせない人当たりの良さ、コミニュケーション能力の高さに加え、各種原料に対する知識と、日々の情報収集能力も高くなくてはならない。
これはエース社員投入しかないだろう。
高いカネ出してもたくさん買い集めたい需要家が、国内外問わず大量に居るこの状況で、いかに「買わせていただく」か。
これがこの難局における最大の関心事だ。
そうして高いカネを出して確保した原材料で作った製品もまた、高く売っていかなくてはならないというのが我々営業部の使命となった。
ナフサ連動という呪い
日本には「ナフサ連動」という世界中でも珍しい商習慣が残っている。
「国産ナフサ」という日本国内でしか通用しないガラパゴスな指標により、さまざまなものの価格改定がなされる。
そんな特殊な商習慣が日本では長らく続いてきた。
国産ナフサとは、文字通り国産のナフサである。
世界にはそんな指標はなく日本のみの指標である。
というのも高度成長期から日本は、原油を海外から買ってきて、それを日本国内の製油所で精製して各種の化学品を作り出していた。
ただ、精製の目的は主にガソリンや航空燃料である。
そのガソリン精製の結果、副産物として精製される軽質の成分。
その総称が「ナフサ」であり、このナフサからプラスチックや樹脂などが作られる。
原油をたくさん精製したら、結果的にこれだけ出てきました、という「出ただけ」の成分、それがナフサである。
そのためナフサの生産量のコントロールは、明確にはできない(ある程度の傾向はあるが)。
そんなものだから、たくさん出ちゃった時は安くなるし、あまりとれなかった時は高くなる。
またそもそも大元の原油が高くなったら比例して高くなる。
そんな材料だった。
この「原油輸入→精製→ナフサ→各種製品」の流れが日本の中でのみ完結していれば、確かにこの国産ナフサという指標は有効と言える。
そう文字通り「国産」が由来だからだ。
ナフサ由来の材料の出どころが全て、日本のコンビナートからであるという前提があれば、たしかに成り立つ。
しかしながら、2000年代の後半から状況は変わってくる。
ナフサから精製されたものが直接、マーケットでやり取りされるようになったのである。
こうなると「国産ナフサ」とは無関係の材料が日本に入ってくることになる。
中国や東南アジアの安い原材料を買えるようになり、マーケットは複雑化した。
しかしそれでも、まだ国産の原料の方が品質面や供給のタイムリーなところで優位があり、日本のメーカーは国産の材料をメインで使っていた。
そんな状況の中で2011年、東日本大地震が発生し、原料の調達は否応なくグローバル化していった。
また、この頃から東南アジアや中国が急成長、各国で原油の精製が進み、結果としてナフサもナフサ由来の原料も世界中でダブついた。
そうしてダブついた原料は市況で安価となる。
ダブついた原材料は、売り手側が弱いため値下げして、熾烈なシェア競争に入る。
こうして世界中で石化製品の買い叩きは進んで、不採算の企業は撤退なども始まる。
これが2010年代の中頃からであろう。
過熱した価格競争によりプレイヤーが減っていった。
採算が取れないし、古いプラントは修理も大変でお金がかかるために、修繕せず破棄、取り壊しということで撤退が相次いだ。
そうして業界の再編と統合、撤退が進んでいたところに2020年コロナの影響が直撃した。
需要>供給の局面
コロナにより外出自粛、国外へ出ることができなくなりガソリンと航空燃料の需要が激減、各種イベントも中止となり、それに付随する材料も全て需要が激減した。
イベントは、意外にも紙やインクを大量に使う。
ポスターやパンフレットの広告宣伝、販売や運ぶための包装の箱、仮設のお店の内装、さらにグッズやポップなど、紙やインクを大量に使う。
これが無くなったため原材料が一気にダブついた。
ダブつくと市場では安くなる。
そのため、メーカーはダブつかせないために生産を絞る。
そうして生産を絞っていたところに2021年秋頃、世界がコロナから若干立ち直り始めたために、一気にまた需要が増えた。
絞っていた供給を大きく上回ってしまった。
そして需要>供給により市況は上がり、モノ不足が加速してモノの奪い合いになっている。
オークション形式だ。
お金を積まないところには容赦なく
「じゃ他に売りますね^^今までありがとうございました」
と言われ供給打ち切りになってしまうのだ。
いわゆる「買い負け」である。
そして買い負けた企業は生産ができず、製品を顧客に納品できず、信用を失って倒産する。
そのため今は、高い材料を無理して、メーカー各社は買っているのだ。
供給過多なんです。。
そして僕のような化学メーカー営業マンは顧客に値上げの交渉に赴くのであるが、どこでも言われるのが
「末端価格を上げられないので値上げ飲めません」
である。
つまりお客様が作っている製品を値上げできないから、お客様も利益が激減する、ひどいと赤字になってしまうというのだ。
となれば当然、お客様も原料費の値上がりを理由に値上げ転嫁すればいいじゃん、と思うのであるがこれが難しい。
様々な製品の多くは、最終的に一般消費者が末端ユーザーとなる。
お菓子も文房具も建築も自動車も、多くのものは一般消費者に販売される。
一部、それが税金相手になる場合もあるが、多くの場合には一般消費者の財布と戦うことになるのだ。
そこで熾烈なシェア争いがあって、1円単位でバトルしているから、原料費の値上がりは本当にキツイのだという。
例えばサラダに使うドレッシングを見に行けば、ものすごい種類があるし、シーザーサラダのドレッシングだけでも複数メーカー複数グレード(カロリーオフとか)がある。
選択肢がありすぎる、つまりは参入している企業が多すぎるということであり、言い方を変えると「供給過多」の状態なのである。
一時期の不織布マスクのように、市場で在庫が枯渇すれば、高値を出してでも皆買う。朝早くから長蛇の列に並ぶ。
そして今や不織布マスクは十分に供給され、高騰は落ち着いた。それどころか再び、安値競争に突入している。
つまりまた供給>需要となり、買い手優位となった。すなわちコモディティ化したのである。
この状況において
「値上げができない」
「売り負けてしまう」
と言っている会社は危ない方向に向かいつつある。
「似ているものはたくさんあるけど、この会社のこの製品が絶対いいんだ!」と消費者に選ばれるものを作っていないならば、あとはもう値段勝負しかないからだ。
そういう勝負が起きている時点で、その業界は飽和しており供給過多なのである。
無慈悲な体力勝負
昨年、化学業界は大きく2回の値上げがあったと思う。春夏に1回、そして秋冬に1回。
春夏はアメリカの寒波の影響、秋冬はコロナロックダウンによる船舶の遅滞と、春から続く需要の逼迫が全然回復しなかったことによる市況の高騰が理由の主なものになるだろう。
これらの交渉は、なんだかんだで強い抵抗があって、満足な額を回収できなかったメーカーも多いことだろう。取れてオファーの半分、と言ったところだろうか。僕もそんな感じだった。
末端製品への値上げ転嫁を許さない雰囲気、そして今までの10年が、購買側に強い抵抗力を待たせて、また我々化学メーカー側も、この10年の交渉の経験から、「オファーの半分取れたら御の字」という固定観念があった。
そのため、年明けからのさらに1段上がった原料費によって、2022年第1クォーター(1〜3月)の業績が悪くなってしまった。
そう、昨年の値上げで「取りこぼし」「積み残し」があったからである。
特に3月決算の会社は、2021年度の成績を締めるにあたって、その妥協の結果が如実に表れてしまった。
「やばい、値上げが全然足りなかった」
そう思った会社、営業マンがたくさんいたと思う。
僕もその一人だ。
そのため、この4月からの値上げはあまりオマケができない状況となった。
昨年の値上げは、なんやかんやで原料市況落ち着くだろう、という希望的観測があった。
中国のオリンピックが終われば、コロナ3回目ワクチンが始まれば。
そんな希望的観測はウクライナ戦争で打ち砕かれたわけだが…
そのため今回の第3次値上げは、結構容赦なく値上げしていくことになる。
というか、既に僕ら化学メーカーが無慈悲に値上げされることが確定しているし、ナフサの水準は8万円台である。
ちなみにコロナ前は3〜4万円台の水準で、近年で結構高いと騒がれた2018年で5万円台である。
ナフサだけでなく入手困難を伴う市況の高騰も重なり、もはやこれまでのナフサ式の原材料計算では説明不能な域に入った。
そのため僕ら化学メーカーは背に腹は替えられず、オマケがほぼない容赦なき無慈悲なる値上げを断行していかざるを得ない。
そして先述の、供給過多の製品を作っている業界はかなり危なくなると思う。
コモディティ品だから値上げができず、それでも僕ら原料メーカーは容赦をしないので、体力の尽きたところから退場となるだろう。
体力とは、資金調達力である。銀行からの融資、もしくは蓄えていたお金、さらには土地などの財産の売却である。
もしくは他の事業で儲けていて、その収益を回せたりする場合もある。
こういう会社は戦略的に値上げせず、他社を日干しにして、体力勝負を挑むこともできる。
そうして日干しにした中小の競業のシェアを奪いきって、潰していくだろう。
これまで三国志の初期の群雄割拠のようだった各種業界が、今回の大戦で淘汰が進む。
そして大手企業に吸収合併されて集約・再編される。
そんな流れが徐々にできつつあるのかもしれない。
三国志の冒頭はこの一句から始まる。
「天下の体勢は、合すること久しければ必ず分かれ、分かるること久しければ必ず合す」
同じことがこれから起きていくと予想する。
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