僕は化学メーカーで営業マンをしている。お客さんのその先の商社の社長を交えて会食をした。その社長は、営業マンを極めて、結果として起業した人だった。もし、僕が今まで通りに営業力を高めたその延長線上の起業を目指していたのなら、こうなっていたのかな、と思った。しかしながら、僕はもう、営業力そのものを起業のタネにすることはない。そのことについても再確認させてくれた出会いだった。再確認の内容も、記しておく。
営業力の極みとは
僕は、社会人になって9年目。基本的に営業職をしてきた(懲罰で一時的に現場に左遷させられた期間が9ヶ月あるが)。そのなかで、どうやったら売れるのか、どういう状況が営業マンとして一流なのかを研究してきた。その中で、僕としては「営業マンは、業界と商材と会社を選んだ時点で9割がた決まる」という結論を得たのであるが、例外の存在も知ってはいた。
それは、人間力だけでゴリ押しができる営業マンである。
僕のような並の営業マンであれば、商材の性能やコストで大体の勝敗は決まる。「並の」と言っても実は悲観することもない。なぜなら世の中の大半の営業マンは「並」だから、そこにあまり差は生じない。つまり営業マンのウデでは差がつかない。
しかし、ごく稀に、商材の性能やコストを度外視して売ってきてしまうヤバい営業マンがいる。
「なんでもいいから、俺から買ってよ」という。
えぇ!?そんなセールストークある!?と思うかもしれないが、こういう「営業力の極み」みたいな人は、ごく稀に存在する。もはや営業トークですらない「俺から何か買ってよ」は、並の営業マンからしたら意味不明なトークなのだが、それは我々が「並」だからである。
「なんでもいいから、俺から買ってよ」の場合、顧客が「う〜ん、キミから買えそうなのは、これとこれかなぁ…でも高いし性能も普通じゃん…」というのを「仕方ないなぁ」と買わせてしまうのだ。まったく、ロジカルもメリットも、何もあったものではない。ゆえに「営業の極み」なのだ。
これは、その営業マンに天賦の才、つまり人間的な魅力がある場合に発生する。いわゆる「人たらし」というような性質で、とにかく愛嬌がある。人に好かれる。しかしナメられることもない。とにかく売ってくる、そんな営業をするために生まれてきたような天才が、ごく稀に存在する。これは後天的に身に付けることは難しいだろう。
引退をガチで惜しまれる
僕が遭遇した社長も、こういう「なんでもいいから、俺から買って」ができた人だった。確かに、風貌や話し方がなんとも表現できないが、良い。僕が会った時は既に70歳を超えていたが、若い頃ならば、年上の人たちに可愛がられそうな感じだ。
そんな人だったから、65歳の定年退職(役員だった)の時には、お客様たちからガチで惜しまれて「会社、興せよ!キミから買うから」と言われたらしい。通常、こういうものは社交辞令と思われるが、実際に会社興したら多くの顧客がその通りに計らってくれたのだという。
事実、この人たちが活動している業界(化学業界ではない)は、商社が星の数ほどあり、その中に個人の会社がコッソリ商流に噛んで、中抜きをすることは珍しいことではない。ゆえに、小さな会社を興して、客が計らってくれたら、十分に実現可能なのだ。
そういう顧客のガチの後押しがあって、彼は会社を定年退職してわずか5年で、年商数億円の会社を作れたのだ。社員は事務員が数名である。
人間関係だけで生き残る
この社長は、先述の通り大変な人たらしであるから、多くの取引先に人脈があり、個人的な親交がある。たくさん飲み食いさせて、籠絡してきた大会社の幹部たちに支えられて、彼は今、商売をしている。これはまさに「営業力の極み」であろう。なにせ商品力はほとんどない…ってかぶっちゃけ、僕から見たら粗悪なものを売っていた。そして実際に事故っているのに、それでも切られずに何度も再チャレンジしている。
ちなみに化学メーカーの僕は、そんな風に事故りまくっている商材を改良するために呼ばれたのであった。その事故を改善するための製品改良を、彼らと一緒にやっていくのが、僕の来年のミッションになる。
普通は、良い製品を作って、それが採用されて売れる。今回の場合は、まず商品が売れちゃって、それがトラブってるから仕方なく直す、みたいな意味不明な事態になった。普通は、トラブった時点で終了なのに、この営業の極み社長の人脈ごり押し能力で繋ぎ止めている。まったくの例外パターンだ。
属人的要素の極み
このように社長は、尋常ではない人脈と、そのキープ力によってミスをカバーしていた。これはとんでもないことなのであるが、事実キープできているのだからスゴイとしか言いようがない。決してマネできない、超・属人的な要素の極みであろう。この人だから、成り立つ。
社長は、40年のキャリアの中で貸し借りをたくさん作って、一部、弱みも握って、こういう風になったんだと語っていた。これは間違いなく、彼の努力の成果だ、40年の積み重ねの果実を、いま収穫していると考えることができる。
営業を究めた結果を見れた
このように、社長は営業マンの道を究めに究めた結果、このように商品に関わらず売れるという超・属人的なビジネスモデルを完成させた。まさに、営業の道を究めた人と言える。繰り返すが、商品がヘボくても買ってもらえて、切り替えもされずに、直す猶予すらもらえているのだから。
だがこれは、あまりにも危うい。ちょっとでも相手方の担当者が変わったら一発アウトだ。「なぜ前任者はこんなメチャクチャな会社と取引してたんだ!?」と怒られて、即切り替えである。もしミスがなくても、コストと性能が見合っていなければ、合理的な担当者にはすぐ切り替えられてしまうだろう。人間の異動は、それまでの貸し借りをチャラにしてしまう。
僕は2年前ほど前に「営業力を究めたら、個人で商社を作って起業できるんじゃないか?」と考えたことがある。モノを作らなくても、他から買ってきて転売するという、代理店つまり商社である。
そのためには営業力を究めよう!と一念発起して勉強したことがあった。勉強した結果、営業力を天賦の才レベルに高めることは難しいな…と悟って、諦めていたのだが、その判断は合っていたようだ。このレベルの人と、営業力だけで戦うなんて無謀だ。残念ながら、僕には天賦の才はないから、こういう営業力オバケには、営業力じゃ勝てない。やはり自分で商品を作って、営業力だけではない方法で勝負していくのが良さそうだ。
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