2021年から始まる物価の高騰は、原材料の高騰によるコストプッシュ型のインフレである。
そのことは本ブログでも日記という形で述べてきているが、実は消費者にその影響が出始めたのは今年の春以降、ウクライナ戦争以降ではないだろうか。
ウクライナ戦争という明らかな原因が知れ渡ったのと同時に、2021年春から続く原材料費の値上げをとうとうメーカー各社が耐えきれなくなって価格転嫁を始めた。
食料品を中心に、その幅は10〜15%の値上げが多い。
しかしながら、化学原料を扱うメーカーで営業をしている私にとっては、その値上げ幅は足りないのではないかと思う。
もちろんイチ消費者の立場では、値上げは少ない方がありがたいのではあるが、この無理はそう長く続かないなと思う。
私は原材料メーカー勤務なので、多くの業界に販売をしている。
最終製品はこれらに関わっている。
- 自動車
- 産業機械
- 電材
- 医療関連
- 建築材料
- インフラ系
- 紙関係
- 日用雑貨
- 食品関連(包装など)
こう書くとほとんどの製造業に関連するなぁと思うのだが、素材メーカーなのだから当然といえば当然か。
多くの異なる業界のお客様と、この丸1年、価格交渉という大切な交渉を行なっていく中で、日本の問題点が浮き彫りになったと感じた。
それについて私見を書き残しておこうと思う。
強い値下げ圧力
まずどの業界も「値上げなんてできないよ」という態度から始まった。
ひどいところは「ウチは値上げができないので、原材料の値上げも認められません」と堂々と言ってきたところもある。
いやいや、努力はしようよ?と思うのであるが、よくよく話を聞くと、なかなかに根深い問題があった。
その根本は「値上げしたら売れなくなる」という強い強迫観念が、メーカー各社の営業マンを支配していたからである。
その強迫観念の源は、小売である。
小売、つまりスーパーマーケットやドラッグストア、もしくはカタログ通販などの業態においては「比較されて高いものは売れない」という経験則があるからであった。
「値上げしたら売れなくなった。他社にシェアを奪われてしまったことがある」
と経験則があるメーカーも散見された。
そのため値上げすると売り負けるという概念が強く定着していた。
これはこの30年の不況の産物であると思う。
私見だが、この雰囲気を醸成したのは大手家電量販店とプライベートブランドの存在であると思う。
合格点&コストダウンの概念
思うに、日本の成長が止まって今ピンチに陥っているのは、「合格点のものをいかに安く作るか?」にメーカー各社が注力してしまったからだ。
性能がダメなものは安かろう悪かろうということで売れないが、「十分じゃん」という性能のもの、これをいかに安く作るかに日本メーカーはこの20年取り組んできたと思う。
合格点が70点だとしたら、元々95点だった本質のものを75点まで下げて、そして3割安い、というようなものを作っていた。
ちなみに近年はその余裕を見ての75点をさらに攻めて71、72点のキワキワをいかに安定的に作り、そして1%のコストダウン、1円単位での価格競争という領域に入っていた。
1円でも安い方が売れるからだ。
過剰品質は求められていないのだから、あとはいかに手に取りやすい値段にするか?が勝負であった。
そのため、120点のハイエンドを作ることが忌避されることになってしまった。
確かに目先の利益だけを追い求めると、先述の安売り競争を戦っていく必要がある。
しかし120点のハイエンドを作ることにより、唯一無二のブランドを作ることができるのだが、それができなかったのだ。
これを邪魔したのが家電量販店の存在だと私は思う。
私が子供の頃には関東には「値切る」という文化はあまりなかった。
関西はあったのかもしれないが、当時の関東人は値段が表示されていたらその値段で買うし、値切るなんて恥ずかしいという価値観であったと思う。
そして某家電量販店が拡大していく中で、2割引きしてもらったとか、◯万円も値引きしてくれたとか、そういう話題はかなりセンセーショナルなものだった。
「言うだけはタダだから」という概念が広まって、むしろ値引き交渉をしなければ損、といいう価値観になっていった。
果てには、こちらから値引きをオファーしなくても「では1割を値引きしまして…」などと店側が自動で値引きをし始めた(私が実際にそれを体験した)。
平成の中期〜後期には皆気が付いていたと思うが、値札が付いていても、これは値引きを想定しての値段だと思うようになった。
値札を信用しなくなってしまった。
仮に12万円という値札がついていても、おそらく10万になるであろう、という考え方を皆がするようになった。
コレまでの経緯を鑑みれば当然だろう。
平成の前半に、この「値引き」という概念を日本中に根付かせてしまった家電量販店の功罪は大きいと思う。
「言えば安くなる」という学習を一般消費者にさせてしまったのが良くない。
この流れから、日本は合格点のものを安く作る、という方向に特化しはじめてしまった。
安く作るためには生産効率を上げて、ロスを減らして、24時間稼働にする。
その結果、合格点のものを安く大量に作ることに成功した。
このとき、これを支えていたのは潤沢な原材料であった。
材料が潤沢、言い換えれば余っていて捨て値になっていたから、それをうまく加工して付加価値を付けて売ることができていた。
しかし、原材料が希少となり高価になってきた今、同じ戦法は通用しなくなった。
合格点のものを大量に作る、というのは出口である売値がどうしても安いものになってしまうからだ。
そして同じような進化を遂げてきた競合も数社いる。
そのため値上げチキンレースが始まってしまった。
最初に値上げしたところからシェアを失い脱落する。
水を張った洗面器に顔をつけて、息が続かなくなって顔を上げた会社から脱落である。
そして最後の2〜3社まで減って、消費者に選択肢がほぼ無くなった頃に、生き残った数社は一斉に値上げして、回復をする。
その途中で消えた企業は生き残れなかったということだ。
これは残酷だが自然界の掟と同じく、弱者の淘汰であろう。
いよいよ音(ね)が上がり始める
今は状況は、洗面器に顔をつけて2分が経過して、いよいよキツくなってきた会社がジタバタし始めたところだと体感する。
昨年、確かに原料の値上げはあった。
しかし内部留保や融資があって1年は耐えられた。
洗面器の例で言えば1分以内である。
しかしこの事態は長く続いてしまい2年目に突入した。
業界によっては値上げして一息入れることができる業界もあるが、それは既に競合が十分に淘汰されている場合だ。
まだまだ雲霞のごとく競合がいる業界は未だに値上げができていないか、できていても1桁%である。
私の体感では、昨年1年の値上げ、おそらく2回で合算20%原料費アップで多くのメーカーの通常の利益を吹き飛ばして収支はトントンになったと思う。
そこに今年3月からのウクライナ戦争由来の燃料費の高騰があって電気ガス、ガソリンなどのエネルギーコストが2割ほどアップしていよいよマイナス域となり、耐えられなくなってきた。
ここで値上げチキンレースが佳境に入ってきた。
そろそろ洗面器から顔を上げて、結果として淘汰される会社も出てくると思う。
倒産とまではいかないが、事業撤退したり、儲からない品物を廃番にしたりする動きが出始める。
このとき、生き残れるのは体力のある大資本か、もしくは品質によって根強いファンが支持してくれるかのどちらかだろう。
もしくは、この市場原理がはたらかないルートがあるとすれば、失業者の大量発生を好まない政府によって、本来であれば淘汰されても致し方ない企業に公的資金が注入されてこの難局を乗り越えてしまうことが有り得る。
適正な市場原理・淘汰が起きずに、公的資金の注入により生き永らえるゾンビ企業で溢れるか…
悪いデフレは原料難により終わる?
しかし少なくとも、今回の原料難によって
「儲からないものを作るために無理して高値で原料を買い集めて安く売るのはバカバカしい。損が大きい」
ということに多くの企業が気が付いた。
これが大きいのではないだろうか。
今までは材料が安価で、しかも簡単に手に入ってしまったから、利益薄いながらもやる意味があった…と思い込んでいた。
しかしこれからの時代は、材料の調達も難しく、そして高値となる。
となれば、さらに「儲け」に対しての意識は強くなっていく。
このときようやく多くの日本人に
「安売りの時代は終わったのだ」
という認識が生まれて、デフレは終わるのではないだろうか。
デフレが終わって待っているのは、正のベクトルによるコストパフォーマンスの追求であろう。
これまでのデフレ環境下でのコストパフォーマンスとは、質は一定で値段を下げていくことであった。
これは負のベクトルのコスパだ。
対して正の方向とは、この値段を出すのであればこのくらいのクオリティは期待する、というクオリティ重視の正の方向でのコストパフォーマンスの追求となる。
それが達成されなかったとき、そのメーカーは商圏を失い、期待に応えられるクオリティを出せたメーカーが顧客に選ばれていく。
いわゆる「安かろう悪かろう」の反対、「高かろう、良かろう」を愚直に達成できる会社が生き残っていくのではないか。
生業(なりわい)作りに際して思うこと
私は副業ではなく生業を見つけたいと思っている。
お金稼ぎの副業を積み重ねていったらその収入が本業を上回り、シフトチェンジしていくということではなくて、本業にしたい、生業にしたいと思うものを育てていって独立自営になる。
そこで問われるのはまず「商品」。
何を自分の得物とするか。
何を得物にできるのか。
今まで、この副業界隈、独立自営ワナビー界隈にあった主流は、
とても安いものを仕入れて、付加価値を付けて、ギリギリの採算ラインで値付けして商品にするというものであったように思う。
しかしこれは、安いものを安く売るということで、仕入れが安かったからできたことだ。
仕入れが高くなってしまったら、売値も高くなるのだが、売値が高くなると競合のレベルも自ずと上がる。
ほぼ同じ価格帯なのであれば、質が良い方が選ばれるのは当然だ。それがコストパフォーマンスである。
この正の方向のコストパフォーマンスを追いかけて商品作りをしていく。
大きな企業ではできない非効率さ、大量生産ができないもの。
クオリティの追求、コストのかけかた、ターゲットを絞ったニッチさ、オーダーメイドの一点もの。
自分にしか作れないもの…特に自分が欲しくて欲しくてたまらないもの。今、売っていないもの。
このあたりがキーワードになってくると思う…
コメント
こんにちは。
以前「幾星霜がかかっても」の記事に、転職の報告のコメントをさせていただいた者です。
転職先に入社して1ヶ月弱経過し、現時点での所感です。
・利益率ものすごく高い。しかし昨今は円安、戦争、中国ロックダウンにより、昨年比業績ダウンは確定の模様。
・メガネ率高い、平均年齢高い、陰キャのオタク感、部活感
・前職に比べるとまったりした日々の業務
・自由(休憩時間外に「あそこの人気のパン屋行ってみよか〜」)
・一握り、「オッチャン」はいる。「オッチャンテイミング」を参考に対策したい。
私の会社はいわゆる「混ぜもの屋」で、原料メーカーから素材を仕入れて製造しています。
ニッチ分野のトップクラスですが、近年大手の参入もあり、そこは少し不安な点です。記事の通り、価格競争でジリ貧になりかねないのでは?とも思っています。
改めてヤコバシさんの会社のような原料メーカー、いいなあ‥と思いました。原料が無ければ何も始まりませんからね。
引き続きブログ更新楽しみにしています。
再びのコメントと近況報告、ありがとうございます。大変嬉しいです。
頂いた内容に少々コメントを。
・利益率ものすごく高い。しかし昨今は円安、戦争、中国ロックダウンにより、昨年比業績ダウンは確定の模様。
→今年、製造業は原油高によりほとんどダメな感じだと思うので致し方ないと思われます。
やはりディスプレイ関連が中国ロックダウンで止まった影響が大きいですね。円安も原料高いですね。
もともと利益率が高かったのであれば心配ないと思います。
・メガネ率高い、平均年齢高い、陰キャのオタク感、部活感
→やはりそうでしたか笑
理系の会社というのはそんな感じですよね。だがそれがいい!
学校みたいな馴れ合いを好むかは人によりますが…
・前職に比べるとまったりした日々の業務
→まったりで何よりです。やはり「仕組み」がしっかりしている会社は謎の突発業務が発生しにくいですね。
・自由(休憩時間外に「あそこの人気のパン屋行ってみよか〜」)
→こちらも何よりです。このような余裕がある会社はいい会社です。いつも張り詰めている会社は…
・一握り、「オッチャン」はいる。「オッチャンテイミング」を参考に対策したい。
→これは宿命ですね。まったりであるがゆえにオッチャンも生き残れてしまいます。
これをうまく飼い慣らしていくことが生きやすさに直結するでしょう。
オッチャンはオッチャンであるとし、「慈愛の精神」で対応していただきたく思います。
私の会社はいわゆる「混ぜもの屋」で、原料メーカーから素材を仕入れて製造しています。
ニッチ分野のトップクラスですが、近年大手の参入もあり、そこは少し不安な点です。
記事の通り、価格競争でジリ貧になりかねないのでは?とも思っています。
→なるほど、混ぜ物屋さんですか。確かに化学反応をしているメーカーよりは弱い立場なのは致し方ありません。
仰る通り、化学反応をするよりも参入がしやすい形態の仕事ではあるので、少し心配ですね。
もし可能であるならば、現職を数年経験した後に、さらに川上を目指して転職を検討するのもアリかと思います
(ジローさんの年齢にもよりますが)。
楽しみにしてくださる読者様がいるということはとてもモチベーションになります。
大変ありがたいことです。