EX勤め人=脱・兵隊

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EX勤め人

ここ数回の記事で私は「EX勤め人」という単語を使ってきた。

このEXについての説明をしていなかったので、今回はこの説明から始める。

エクストラ勤め人

このEXは「エクストラ」の意味で、「エクストリーム」ではない。

エクストリームは「過激な」「極度の」「極端な」という意味だ。

田端慎太郎さんがその著書『ブランド人になれ!』にて提唱した「エクストリームサラリーマン」は、会社の看板ではなく「自分の実績」という看板を磨くことに重きを置く。

実績という看板により自分がブランド人となって、必要があれば転職してキャリアアップ、自由なことができるサラリーマンになろう、というものだ(と私は著書を読んで理解した)。

これに対して私が提唱する E X エクストラ勤 め 人サラリーマンとは、企業内において

  • 「格別の」
  • 「特別な」
  • 「別勘定の」

という扱いをされる勤め人を指す。

いわゆる「あいつは特殊だから仕方ない」というカウントの人材を目指すことだ。

これは先述のエクストリームサラリーマンと似ているが、ちょっと違う。

基本的には転職は考えず、今の組織の中で特別・特殊な存在となり、格別の扱いを受けることを目的とする。

転職をして華麗に複数の企業を渡り歩くというよりも、ひとつの組織で根を張って実績を積み上げ、盤石な土台を作るイメージだ。

王道ルートは目指さない

私はいわゆる「普通の出世」は目指さないし推奨もしない。

係長、課長、次長、部長、取締役…というルートは正規軍の、王道の出世ルートで、これは大変な道のりだ。

富士山を地表の一合目、いや周囲の樹海から登っていくようなものだ。

そうではなく、富士山の山頂にいる人達が双眼鏡であなたを見つけて

「おいオマエ、そんなとこ歩いてないでこっち来いよ!」

とヘリコプターを差し向けられて、それに乗って山頂へ一気に行く、というやり方だ。

この双眼鏡で見つかる部分が大切で、私がお伝えしたいことだ。

E X エクストラ勤め人になると、勤め人として嫌なことからは大方、解放される。

  • 雑魚狩り
  • マイクロマネジメント
  • 低賃金

ではどうやって、これらから解放されていくのか?

これは私が駆け出しの頃に追い求めたものでもある。

当時はいかに上司に気に入られるかとか、社内政治がどうとかを気にしていた。

しかしいざ一定の成果を得たらその全体像がわかってきた。

上司の覚えを良くするというのは、解像度が粗かった。

合っているようで合っていなかった。

若き日の自分に教えるつもりで書いていく。

「兵隊」から出ようとする

EX勤め人ルートに入っていくための条件はいくつかあるが、その中で最も大切なことは?と考えたときにまず浮かんできたことは、

「兵隊」から出ようとする。

この気持ちから全て始まると思う。

「兵隊」とは、まさに一般社員、ヒラ社員である。もちろん多くの人はここからスタートする。

そして大切なことは、この「兵隊枠から出たい、と思う」ことだ。

  • 「ヒラ社員のままでいいや」
  • 「責任を負いたくない」
  • 「兵隊のほうが気楽」
  • 「どうせ俺は兵隊だし」

こういった考え方をやめることから始まる。

私自身もそうだったからわかる。

このマインドでいると日々のルーチンワークは押し付けられるものと感じてしまう。

そして給与とは、その苦労に対する対価、我慢料であると捉えがちになる。

そして兵隊マインドでいると、全ての仕事がアルバイトのように見えてくる。

「時給いくら」「労力の損得勘定」の世界だ。

こうなると「いかに少ない労力で効率よくお金を得るか?」ばかりに注目するようになってしまう。

お恥ずかしながら、以前私が主張した

  • 「儲かっている化学メーカーで営業職をやれ」
  • 「気力体力を余らせて自分の事業をやれ」

というものだ。

これは、雇われ仕事は最小の労力と時間でこなして、実質的な時給を最大化しようとする試みであった。

この時、降りかかってくる新たな仕事というものは、その給料の時間効率を悪くするものだ。もちろん邪魔なものとなる。

それまで5時間/日で済んでいた労務提供時間を8時間/日にされてしまうからだ。

給与の額が変わらないとすれば、時給換算は下がる。

効率が悪くなる。

兵隊マインド(ヒラ社員のままでいい)でいると、こういった新規の仕事に強く拒否反応を示すようになってしまう。

この拒否反応を、権力者はよく見ている。

多くの労働者は時給脳で働いている。

それが普通ということを、権力者、偉い人はわかっている。

兵隊マインドは「普通」

これは別に、兵隊マインドが許されないということではない。

「まあそれが普通だよな」と。

「兵隊マインドが普通だよな」と。

権力者はわかっている。

そうであるがゆえに普通の人は「兵隊」とカウントされてしまうのだ。

別に兵隊が悪いということはない。

雇われた兵隊が、兵隊として与えられた業務(割と簡単なもの)をしっかり処理してくれる。

これは兵隊として問題ない機能、役割だ。

しかしながら兵隊は兵隊のままなので、大きな仕事はちょっと任せられないな、と思われてしまう。

任務の難易度が低い(雑魚狩り)ので、報酬アップすることもできない。

アップする理由がないからだ。

育成ではなく選別

経営者は、兵隊気質の人を兵隊のまま、うまく使う。

矯正して育てようとはしない。

それはとても難しいーーというよりも実際、できないからだ。

三つ子の魂百までということわざの通り、性格・気質を矯正することはできない。

矯正などしようとしたらパワハラと言われるリスクもある。

そのため権力者は「選別」「厳選」を行うしかないのだ。

多くの従業員と接している中で、
この人はーー

  • お客様や取引先と接触させられない
  • 兵隊として使える
  • 部隊長までなら任せられる
  • 部隊長を束ねる立場を任せられそう
  • 単独で特殊ミッションをやってもらいたい

このようにどこの階層のどのポジションに当たってほしいか、適切なのか、をジャッジしている。

この時にポイントとなるのが知識・技能というハード面と、精神性・マインドのソフト面だ。

いくらハード面が優れていても、マインド面が兵隊気質だと部隊長から先の任務は任せられなくなる。

兵隊気質とは

兵隊気質は、言い方を変えると「当事者意識の欠如」であり、仕事をアルバイト感覚でしかとらえていないマインドだ。

兵隊気質の人からはこのような言葉が出る

  • 私の仕事じゃない
  • なんで私がそこまでやるんですか
  • 自分は営業だから、生産や技術のことは専門外!
  • 自分はこの分野の担当だから、他の分野は守備範囲外!
  • 自分の守備範囲以外の仕事をするのは損!

これらの発言は、自分の守備範囲を明確に規定して、そこからはテコでも出ない、という意識である。

自分の守備範囲に固執して、担当業務の拡張を拒む姿勢が兵隊気質となる。

だがこれは、ある意味で労働者としては最善の考え方であるとも言える。

欧米の「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)」というものに近い。

自分の職務範囲はここからここまで、だから給与はこの金額、という形で曖昧さを排除する。

確かにこれは合理的で、他民族国家で平等公平が求められる欧米において、最適な姿であろう。

しかしながら日本においては、先述のようなジョブディスクリプションの文化はない。

世界的な大企業であれば、導入もあるかとは思うが、少数派であろう。

聖帝流は両立が難しい

自分の守備範囲を明確に決めて、そのための作業に熟練する。

そうすることで処理スピードが向上し、元来8時間かかっていた仕事を4時間で終わらせて、余らせた時間は自分の事業(副業)の時間に充てる。

実質的な時給換算を上げていく試み。

これが聖帝流の勤め人卒業への第一歩であった。

この方式は、もちろん勤め人卒業を本気で志して、いつか必ず辞めるんだという不退転の決意があれば、最適解と思う。

しかしながらこのようなムーブは露見する。

そして権力者から「コイツは兵隊気質で矯正できないな」と判断をされると、兵隊ルートから出られなくなる。

雑魚狩り、マイクロマネジメント、低賃金から逃げられなくなり、余力があることがバレているから、余力がないレベルにまで雑魚狩りの任務を追加補充されてしまう。

なぜ兵隊気質が露見してしまうのか。

それは権力者からのテストが日々、こっそりと水面下で行われているからだ。

隠しテスト

権力者は次世代の「将」をいつも探している。

今いる「将」たちも、5年10年経てば引退する。

その引退時に後釜を任せられる「将」の候補を見つけて、実務の育成を同時並行していく必要がある。

誰を次期の「将」候補とするか?は、日々検討されているのだ。

実は年代が近い人々には等しく、一度は必ず水を向けられている。

「キミは将になりたいか?実力の素養があるか?」

という問いが、隠れた形でなされている。

この隠しテストをされた時に、兵隊気質があると透けてしまう。

なぜ兵隊気質が透けるかと言えば、それは「自分のことしか考えていない」からだ。

自分の時給の最大効率、実質的労働時間や労力の削減、という動きはやはり「自分が第一」の思考回路である。

もちろんこれ自体は責められるものではない。

ただ、それは「普通だな」という判断をされる。

普通だから、兵隊にしかできない。

リーダー経験の有無

対して「将」たる素養を持つ者は「全体のこと」を考える。

こういう全体最適を考えられる者が「将」の素養があると見なされる。

この気質は簡単には身につかない。

幼少期からの経験に左右されると思う。

リーダー的役割を担ってきた人は全体最適を見る視野が養われており、その経験・役割は特定の人に偏っている。

これは大人になってから授けるのは難しいため、権力者は育成ではなく選別を行うのだ。

知識経験の少なさ、未熟さは良い。

それは鍛えれば必ず身につく。

しかしマインド(性格・気質)は、矯正できない。

兵隊マインドだが技能がある者は、部隊長までなら任せられる。

しかし全体を指揮監督する将軍にはできない。

将軍マインドだが技能がない者は、然るべき経験をさせ、知識を補う教育を施せば全体の指揮監督ができるようになる。

ではこのマインドをジャッジする隠しテストとは何なのか?が気になると思う。

ここから先は私の実体験となり、身バレ要素を含む。

そのため申し訳ないが無料で自由公開はリスクもあるので、有料のペイウォールで守りクローズドな公開とさせていただきたい。

ご興味ある方に届けば幸いだ。

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