愛のファントム

ライフハック

聖帝サウザーさんはVoicy『第358話 「今は女はいいです、仕事したいです」』にて

「女方面はお休みして仕事に集中したい、という奴は勝負から逃げている。姿勢の問題だ。そういう姿勢は全てにつながるんだ」と仰っていた(要約)。

僕も自身の体験から、そのことには同意見だ。しかしながら、単に精神論だけの問題でない気もしている。僕なりの持論をここでご紹介したく思う。

動物としての生殖本能

僕らは知能を持つ人間ではあるが、結局は「動物」である。その動物としての本能には抗えない。

つまり「生殖したい」からは逃れられない、という運命にある。どんなに高潔な人格であっても、高学歴でも、結局はこの「生殖したい」という本能からは逃れられないはずだ。正確には、「ステージクリア」すれば消える。自分なりに極めて、納得して、飽きたら消える。

これは僕らが動物であることの何よりの証だ。恥ずかしがる必要はない。なぜなら我々の両親も、祖父母も、そのまた先のご先祖様達だって、この本能に従って子を成してきたのだから。

僧侶や聖職者の方々は、この本能に信仰心で戦っているので例外であろう。市井の一般ピーポーはこの本能に非常に正直だ。もちろん僕だってそうだ。

逃げたくても逃げられない

サウザーさんの言うように「今は女はいいっす」とは「そもそも戦わず逃げる」を意味する。これには全くの同意見だ。しかし、僕がこの記事で補足したいのは「逃げようと思っても逃げられないですよ」ということだ。

いくら口で、理性で、「女は今はいい」と言ったところで、結局は女のことを考えてしまう。

身体の性欲もあるから、結局はAVでオナって発散したりする。さらにこじらせると、風俗へ行くようになる。もし、このような行動(AV,風俗)を一切取らずに仕事に邁進しているのなら、真にアッパレだが、一般ピーポーにそれは難しいのではないだろうか。

なぜわかるかって?昔、そんなことを言ってた男が、この文章を書いているからだ。

その体験談から意見しよう。結局のところ、僕らが生物で、動物で、オスである限り、この「女の問題」は解決しない限りは必ず脳裏にフラッシュバックする。そして何らかの行動を取らせてしまうのだ。

亡霊を成仏させろ

ゆえにその「本能」から来る性衝動を叶えて発散させる必要がある。

解決しないと、いつまでも亡霊のように自分にまとわりつく。いつまでもモヤモヤして、そんな自分に自信がなくなる。そこが起点となって、他にも悪影響を及ぼす。仕事にも、他のことにも。これがサウザーさんの言う「姿勢」ということだと僕は解釈する。

サウザー社長から社員さんへ「他のことはいいから女とセックスしろ」という指示は、この流れを断つ、非常に効率的な指示だと思う。

だからセックスして、僕らの持つ本能「生殖したい亡霊」を成仏させてやらねばならない。この亡霊は、生身の女性とのセックスでしか除霊できないのだ。

僕の体験談

ここからはサウザー師匠も述べてない領域になる。

若き日の僕(24,5歳くらい)も先述のように、亡霊に取り憑かれ、その亡霊を「仕事」という理性で振り払おうとした。でも、ダメだった。なんやかんやで思い出してしまって囚われていた。セックスできていない自分に自信がなかったのだ。心のどこかで「俺、セックスしてねえなあ」といつも思っていた。

そこで僕はこの本能に抗うことを諦めた。観念した。

この亡霊を成仏させないと前に進めないと思った。そのためにはセックスしかないと考え、勉強した。『もう合コンには行くな!』が非常にタイムリーな書籍で、非常に興味深く勉強した(当時は恋愛工学やサウザーさんのことは知らなかった)。

ヘタクソながらも声かけとかブーメランとか、店員ナンパとか試みた。全然ダメだった。

しかし、チャレンジしたことで「度胸」がついた。その結果、いわゆる「普通」のコミュニティ、職場、学友、合コン、友達の友達、などという場面で積極的になることができた。

小学校の同級生だった子とSNSで再会したり、合コン、街コン、昔のバイト仲間での集まり、大学のサークルの集まり、などなどのイベントで、僕は積極的になれた。結果…いくつかのセックスにありつくことができた。

亡霊は成仏した。

…ハズだった。

なのに、なぜかいる。

えっ何で!? 俺セックスできたよ!?

なんでまたオマエいるの!?

愛のファントム

しかし、よく観察してみると、今までの「セックス亡霊」とは似ているけれど違うことがわかった。セックス亡霊は、確かにセックスで消滅した。大体、1〜2週間は封印できる。しかしまた復活する。

そんなことを数セット繰り返してく中で、僕はその行為の「むなしさ」に気がついていった。

大して好きでもない女を、テクニックや気合でなびかせて、セックスする。そんなんだから、大体ワンナイトになるし、女の方から「付き合って」と言われても「う〜〜ん」となってしまうのだ(申し訳ない)。

それを数セット繰り返していくうちに「この行いにゴールはあるのか?」という疑念が湧いてきた。確かに、セックスにはありつける。身体つまり性欲は満たされる。しかし―――精神は、ココロは、満たされていない。その「むなしさ」に僕は気がついたのだ。

「ガチの彼女が欲しい」

そう思うようになっていた。僕は”プチ”ヤリチンになった後に、結局また世の中で言われているような「普通」な男女交際の道を選ぶことになった。自分が本当に気に入った女性に、心から好きになってもらって、相思相愛になりたいと。

恋愛漫画みたいな彼氏彼女になりたいと、そう希うようになったのだ。

後に理解したことだが、これはマズローの5大欲求の第3段階、「愛情と所属の欲求」であった。とりあえず肉体の性欲を満たす行為は第1段階「生理的欲求」に含まれるであろう。これは非常に動物的な欲求であるから、この記事冒頭の主張(生殖本能)とも矛盾しない。

この「愛のファントム」を成仏させる方法は、やはり自分が気に入った女性に自分を気に入ってもらい、相思相愛になるしかない。そう、結局は正攻法になったのだった。

順番が大事

こうして、僕は紆余曲折があって、現在の妻と交際し結婚した。

ちなみに妻には23歳の頃に一度フラれていた。当時は真性の非モテコミット野郎だった。

そこから24〜5歳でヤリチン活動をして、再挑戦した結果付き合えたのだから、何らかの変化があったことは間違いない。というかアプローチの方法が違ったことは、他ならぬ僕が知っている。

それまでのヤリチン活動という「練習」(申し訳ないが)がなかったら、この結果には至れなかったと思う。ただの非モテコミット野郎では、掴めなかった。

だから何が言いたいかと言うと、順番が大事ですよ、という話だ。

いきなり純情路線へ進むと非モテコミット野郎になる。だからヤリチン方面へ進むのだが、そのままヤリチン路線を突き進んでもいつかこの「愛のファントム」と出会う。その段階に至ったら、また純情路線へ戻って、自分が真に気にいる女性と付き合えば良い。

そうすれば、愛のファントムは成仏する。

もちろん、ヤリチン活動の中で「いいな!」と心から思う人材に出会えたなら、そこでゴールとしても構わない。僕は「う〜〜ん」という人材しかいなかったから、こうなった。

 

「今は女はいいです、仕事したいです」は、結局は逃れらませんぞ。ダメですっていう話だった。

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