【感想】司馬遼太郎『関ヶ原』

ライフハック

司馬遼太郎先生の『関ヶ原』を読み終えたので感想文を書き残しておく。

簡単にあらすじを書くと、関ヶ原その題名の通り関ヶ原の合戦についての小説なのだが、その関ヶ原の合戦そのものは最後の最後で描かれる。

本作は、その関ヶ原の合戦に至るまでの駆け引きや事前工作がどのように進み、そしてあの大合戦につながったのかを読み解く物語である。

三成と家康

主人公は徳川家康…と言いたいところではあるが、僕の感想としては主人公は石田三成だった。

徳川家康という人はもちろん戦国三英傑の一人だし、その後に続く江戸幕府の初代将軍であるし、そのためその生涯についての書物や記事、テレビ番組等も数多い。

皆も一度は何かしら、徳川家康についてのエピソードなり、経歴なりを学んだことがあるのではないだろうか。

僕は花の慶次がキッカケだったのと、かつて愛媛県の岡崎城へ観光に行ったりして少し勉強してはいた。

対して石田三成という人については、あまり知らない。

歴史の教科書には五奉行の一人として登場し、関ヶ原の合戦において西軍の首謀者(総大将ではない)として登場して、消えていく。

花の慶次においても規律に厳しい役人、吏僚として描かれ、ちょっとした脇役としての登場であった。

石田三成がどんな生い立ちで、なぜ奉行になったのか、そしてなぜ西軍の首謀者となっていくのか。

そもそも関ヶ原の合戦について僕が知っていることは少なかった(高校時代は世界史選択)。

教科書通りに、その戦いは1600年、天下分け目の合戦、徳川家康が勝利して江戸幕府への流れを決定的なものにした、というくらいの解像度だった。

花の慶次を読むと少しは背景もわかってくるが、それでも登場する大名たちの詳細はわからない。

福島正則や、加藤清正、池田輝政、小早川秀秋、といった著名な大名についても、名前を目にしたことはあるが詳しくどんな人物で、どんな働きをしたのかはわからない。

そのような解像度の低さで読み始めた。

3巻構成あらすじ

この『関ヶ原』は上中下の3巻構成となっている。

まず「上」においては豊臣秀吉が没した後、急速に専横を始める徳川家康と、それをなんとか制御しようとする石田三成の政争が描かれる。

その途中で、先述の福島正則や加藤清正といった著名な大名のバックグラウンドが語られて、主要な登場人物の紹介が揃う。このあたり、僕はかなり勉強になった。

また、本作においては準主役と言ってもよい、石田三成の重臣 島左近の活躍も描かれる。

続く「中」では水面下での奔走が描かれる。関ヶ原の合戦は、武力衝突ももちろんあったが、そのような局所的な「戦闘」が大事だったわけではなく、もっと大きな視点、戦闘が始まる前の「戦略」単位で戦いは始まっていた。

いかに味方を多く集めるか、いかに大義名分を発して迷っている大名を引き込むか、いかに敵勢力を分断して内通させるか…そのような遠大な下準備が「中」では描かれる。

「下」ではいよいよ準備が整い、先端が開かれていく。

僕らは徳川家康が勝利したことを知っているし、関ヶ原の戦いは開戦前に大方、勝負はついていたというような知識もあるからそのように読み進めていくのだが、実は家康にとって危なかったポイントがいくつかあったことがわかる。

家康が危ないところをうまく乗り越えたところ、逆に、石田三成がやらかしたところ。

もし石田三成がやらかしていなかったら、もっと張り合えた可能性もあるし、場合によっては勝つこともありえた。

実は西軍にも勝利の芽は有ったのだと、本作を読んだ人は感じるはずだ。

ヤコバシ感想

先述の通り、本作を読めば戦国末期の大名の詳細を知ることができるし、時代背景もよく理解できるようになる。

しかしながら僕が最も感じ入ったのは、本作は人間の持つ「恨み」の感情がいかに強い力を持っているかを教えてくれるところだ。

僕らは既にもう、徳川方が勝つと知っているから、なんというか家康を主人公補正して見てしまうし、石田三成を負けライバル補正で見てしまいがちだ。

しかしながら、当時の世相を考えてみると、石田三成というのは豊臣家の重臣であり、徳川家康というのは豊臣家に支える筆頭大名、という位置付けである。

もちろん秀吉の嫡子、秀頼も幼いが実存している。

となれば、体制上は、多くの大名は豊臣家に忠誠を誓っていて、徳川家の家来ではない。

いかに徳川家に実力があって、次の天下人は家康だと皆が理解していても、それでも建前上は豊臣家、豊臣秀頼が君主なのである。

そのため、建前だけで推し進めると、家康は反逆者となるし、多くの大名は豊臣家に加担する。

この状況を、家康は塗り替えていく必要があった。

この時に最もうまく利用されたのが「恨み」の感情であった。

少しネタバレすると、石田三成はとにかく嫌われていた。

豊臣政権の五奉行の筆頭として、能吏として彼は政務を全うしてきたのだが、そのやり方は正しいが、恨みを買うことが多かったようだ。

また作中でも、味方から反感を買ったり、恨まれる描写も多く、それも離反につながっていく。

石田三成は真面目で頭がよく、さらに忠義者だけれども、人のネガティブな側面、「恨み」という感情に対しての理解が少なかったと思う。

そこを家康に突かれて、崩壊した。

もし仮に、石田三成がこの人間の持つ「恨み」という感情にもっと敏感で、恨まれることが少ない人物であったなら、きっと関ヶ原の合戦は違っていた。

少なくとも、1日では終わらなかったのではないか。

対して、家康はこの部分、人間の感情の機微を知り抜いており、何かと厚遇したり褒めたり、お土産を与えたりして、「ついて行くならば、徳川殿に」と多くの味方を得ていく。

もし家康がこの部分で三成と同じような態度であったなら、もっともつれ込んだに違いない。

得られる教訓

先述のように、本作では人間の負の感情や、なびく感情がありありと描かれていて、特に人間関係で少し悩んでいる人には勉強になると思う。

かく言う僕も20代前半などは石田三成的な考えをしていた覚えがあり、衝突が多かった。

その頃、どうしてだろう、なぜだろうと本気で悩んだ。

川口湖(山梨県)で湖面を眺めながら考えたことがある。

僕はその頃、当時勤務していたブラック企業で社長に意見を具申して激怒され、営業から現場作業員に異動させられた頃で、人間関係って難しいなと悩んでいた。

当時の僕は正論をふりかざすのみで、社長のメンツとか、気持ちを考えた物言いをしていなかった。

「社長、アンタの戦略は間違っている」

とまだ入社2年目のガキに言われたのでは社長もそら怒るよな、と今は反省する。

ただし戦略については自信があったので、もっと慎重な言い方をしたり、上長に相談しながら少しずつ進めたら良かったなぁと、その「やり方」について反省している。

この辺の感情の機微について、ヘタクソな人、若かりし日の僕のような人には有効だと思う。

その辺がヘタクソな三成と、上手な家康の対比が見事に描かれている。

損得で動くのは普通

またこの作品から僕が感じたことがもうひとつある。

それは、多くの人は損得で動くが、たまに動かない者がいて、そういう者に人は惹きつけられるのだということ。

先程散々こき下ろしてしまった三成だが、彼は相当な忠義の士であり、いわば武士の鑑と呼べると僕は思う。

秀吉に取り立ててもらったその恩義を、秀吉亡き後も忘れず、増長する家康から豊臣家をなんとか守ろうとした忠義者だった。

石田三成といえば、算術に秀で、朝鮮出兵時の兵站など莫大な量の物資の輸送をその明晰な頭脳でもってやり遂げたほどの人物であるから、損得勘定は得意中の得意であったことだろう。

しかしそんな三成が、損得勘定を抜きにして故秀吉への恩義という損得勘定から切り離された動機で立ち上がるのである。

250万石という当時最強の実力を持つ徳川家康に敢然と挑んだ。

しかもその原動力は豊臣家へ対する忠義の念ーー

損得勘定とは切り離された意志である。

これに心を打たれた家臣の島左近、盟友の大谷吉継もまた、生き残る可能性が低いとわかっていても三成のため力を貸そうと申し出るのである。

対して、その他大勢の大名は、名目上は豊臣家の家臣であるけれども、次の天下人は家康だとわかっている。そのため、コッソリ内通して家康に恩を売ったりした。

しかし彼らを非難しているのではない。

さすが、乱世の戦乱を生き抜いた大名達であると思う。

時勢の動きに敏感で、誰の味方になったほうが得なのか損なのか、そもそも生き残れるか、の嗅覚に優れているから彼らは大名になっているのである。

彼らは損得勘定のエキスパートである。

西軍に所属した大名たちも、一応、西軍ということで豊臣側と言いつつもいざ開戦すると中立の立場を取ったり、東軍に積極的に攻撃しなかったりした。

このように後々の申し開きを考えた立ち回りをしているし、事実そのように弁解して家康に許された者も多い。

家康は彼ら諸大名が欲しいのは自家の温存であると見抜いており、そこをエサにして、また大義を作り上げて味方を増やしていった。

何せ本来であれば主君である豊臣家のために立ち上がった三成に大義があるのに、その三成をして「幼君(秀頼)をたぶらかす奸臣」として誅伐するという大義でもって、豊臣家の家臣団が争ったのが関ヶ原なのである。

このことから僕が感じたのは、損得や利害で動くのは普通の人で、そうでない力で動く人が特殊で人を惹きつけるということであった。

自分にとって損か、得か。

これは主に金銭が絡むことであるが、この金銭の輝きに魅入られる人は普通の人だと思う。

しかしその黄金の輝きに目が眩まない人も僅かながら、居る。

そういう特殊な人は人望を集め、助けられたりする。

損得で動くのが「普通」だからこそ、動かない人は稀有なのである。

損得よりも「義」を重んじる

このことは現代社会にも同じことが言える。

損得勘定に目がくらんだインフルエンサー()はステマによるアフィ収入、もしくは直接的な広告案件に走る。

そして損得勘定で動く一般ピーポーは彼らの発信を積極的に取り入れて、損得勘定のままに動く。

このように、大衆心理をうまく誘導して、それをお金に変換していくことはできなくはない。

イケててハヤい人などは、その道のプロであり、毎年湧いてくる情報弱者を刈り取って収益化しているようだが、もはや往年の輝きはない。

雇われ人仕事の中でも、信義や侠気、漢気がない人たちばかりである。

しかしそれが普通だ、一般ピーポーなのだ。

対して、損得勘定だけで動かない人たちもいる。

目の前のお金よりも、信用・信義を重んじている人たちがいる。

そのように一般ピーポーとは違うから、輝くのだ。

僕も僭越ながら、そのような生き方が好きなので、そのような生き方を心掛けている。

義とは美と我の合成であり、おのれの生き様を美しゅうするの意である

(『花の慶次』1巻)

これはまだ僕の経験談でしかないのだが、飛び抜けてスゴイ人たちほど、お金はどうでもよくて、信用や信頼といった、ソフト面・精神的なつながりを重視しているように思う。

真のお金持ちやデキる人ほど、目の前の短期的な損得は重視せず、中長期的な単位でものを見ている。

その時に、指標としているのが

「その人は信用できるか否か」

であり、この点、目先の損得で動く人は信用されないようである。

目先の損得で動く人ということは、もっと良い条件を提示する人が出てきた時に簡単に寝返るということ。

お客様で言えば、自社よりも安いところを見つけたら即座に切り替えてしまうようなところだ。

そんな相手は信用・信頼できない。したがって一線を引いた付き合いになり、真の友誼は築けないのである。

真のお金持ち・デキる人たちの評価基準がそうであるならば、そこはもう目先の損得に流されず、「義」や「侠気」でもって応えるのが適切だ。

そんなようなことを読んでいて感じた。

人間の機微について理解を深めたい人におすすめする。

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