遅れましたが新年あけましておめでとうございます。
早いもので2022年、このブログを開設したのは2018年6月なので早いもので3年半が経った。
2021年の日記の振り返り
聖帝サウザー師匠を追いかけ、いろいろチャレンジしたが思うところあって昨年末は色々な日記を書き連ねて、多くの人々にご意見などいただいたりした。
この記事で「不動産で雇われ人卒業を目指してたけど、色々な状況を鑑みると無理そうっす」と書いたら「オマエなに弱音吐いてんだ!?もっと頑張れや!」と叱咤激励を受ける。
しかし僕が言いたかったのは単に「不動産はもう無理っす」だけではない。
片手間にやる「副業」という考え方で雇われ人を卒業するのではなく、本気で取り組みたいと思える事業を作り出してそれを「生業」にするということ。つまり起業するということ。
その「起業」により「経営者」にジョブチェンジして、結果的に雇われなくなるということ。
これが真の勤め人卒業なのではないかと、そんなことを書き連ねた。
この「生業」候補については、ひとつ見つかった。
小さな種火だが、大切に育てていく。
日々、必死に小さな火の粉に向かって「フーッフーッ」と空気を送り込んでいる。
SATニキのご紹介
私淑しているSAT氏は、勤め人+αを既に昔から取り組んでおられた大先輩。
敬愛の念を込めてSATニキ(〜の兄貴、の略)と呼ばせていただいている。
そんなSATニキは、やろうと思えば勤め人卒業できるけれど、あえてしない。というスタンスでおられた。
そんなSATニキのブログ記事を2つ、ご紹介させていただきたい。
まず2021年11月29日の記事である。
まずはこの記事。特に僕のハートにズンときたのはこのセクションである。
ほとんどの勤め人卒業者たちの卒業したい理由は「勤め人がツラいから」
このセクションを引用させていただくと、
あの聖丁でさえそうだったと言う。
しかし、私は辛くない。
パワハラとは無縁だし、数字さえ出していれば特に何も言われない。
時間の拘束もきつくない。
特に最近はコロナでリモートワークも推奨される。ストレスが全くないので、
やめたいという意識すら生まれないのである。こう考えてみると、私は勤め人を辞める必要は全くないという結論に至った。
勤め人より専業大家が上。
と、私は勝手にランク付けしていたのだろう。
より、上に行きたい。
早稲田よりは東大と目指していた高校生の頃のマインドがまだこびりついていたのだろう。自分が幸せを実感できる環境こそ、上なのであり、
それが専業大家か否かは、私が決めることだったのだ。「私、卒業しないんで!」 SAT氏ブログより引用
次に直近の2022年1月13日の記事
また内容をご紹介させていただくと、
勤め人の労働環境に満足しており、
不動産への投資も既にルーティンのようにこなせている。勤め人の仕事は天下国家のためになる仕事だ。
不要なものを不要な人に押し売りするような仕事ではない。
先祖に恥じぬ勤め人だ。それもあって、勤め人卒業という目的は、私の人生のテーマになり得なかった。
世の中の勤め人の大多数は不遇なる状況にあえいでいるのだろう。
であればこそ、FIREとか経済的自由というテーマがこれほどもてはやされている。私の人生は経済的には仕上がった状態であり、
これからは守りさえしっかりしていれば何もなく老い、死んでいくのだろうと思う。「私はもう仕上がったのかもしれない」 SAT氏ブログより引用
この記事においてまたもや僕のハートがズシンと受け止めた部分は
世の中の勤め人の大多数は不遇なる状況にあえいでいるのだろう。
であればこそ、FIREとか経済的自由というテーマがこれほどもてはやされている。
という部分であった。
そう、皆、何かすごく嫌なことがあるから「雇われの身分から脱却したい」と、そう思うのだ。
僕の初志と状況の変化
僕の初志は、今でも忘れない。
「バカの下で働きたくない」
これだった。
当時、団塊世代の上司に理不尽な仕打ちを受けた2016年の夏。
怒り狂いながらドトールでノートにこの文字を殴り書きして、こんな目に遭うのは雇われの身分だからだ、と気がついた。20代後半であった。
あの時、マグマのような熱量で湧き上がっていた怒りは、さすがに冷えて表面は固まった。
しかしその核は今なお、熱を帯びて脈動を続けている。
→怒りの化石(過去記事)
しかしながら、この状況が少し変わってきてしまった。
僕が「バカ」と思っていた人々がだんだん消えてきたのだ。
消えるのは様々な理由と形態があるが、まぁとにかく僕の目の前から消えていってくれたのだ。
逆に「頭よくて尊敬できる立派な人」が増えてきた。
そのため、大きな不満がなくなりつつある。
強いて言えば、毎朝ちゃんと起きて身だしなみ整えて、電車に乗って通勤することくらいであるが、これはある意味、健全な生活リズムであるとはいえる。
多くの大企業がテレワークしてくれているせいか、電車も、以前ほど混雑がひどくはない。
今まで、化学メーカーの営業はラクなことばかり強調してきたが、実は社会的貢献もできる良い仕事なのである。
素材を共同研究して、新規開発して、良い最終製品の礎となる。
その力でもって世の中を前進させることができるという側面も、化学メーカーは持っている。
日々の生活を取り囲むモノたちには、自社が手がけた製品が回り回って使われている。
年収も、気がついたら600万を越えていた。ちなみにヒラ社員の30代前半である。
そりゃあ上場企業の金融系とか商社と比べたら600万とかwwwとなること必定だが、上を見たらキリがないし、仕事内容を考えればお釣りがくる。
19時には帰宅しているのだから、そりゃあ600万だろう。
2021年は原材料費の高騰で値上げ活動という「いざ鎌倉」の大戦が2回ほど起こり少々大変だったが、それはどの業界でも同じだし、ボーナスが出ないとか人員削減をガチっている業界と比べるとなんと平和なことか。
値上げも、「最悪、売らないわ」という最強最悪の禁止カードが炸裂、商材の強さを発揮して、+10%ほどを2発ぶっこんでもなお、出荷数量は落ちない。
なんなんだこの強さは、と化学メーカーの勝負強さを強烈に感じたのも、2021年の思い出だ。
アレルゲンがなくなった
そんなことがあり、勤務先の化学メーカーにおいては本業に不安がなく、仕事内容にも不満がない。
大嫌いだった「バカ」たちはもう消えてしまったので不満が消えた。
貯金も、ひとまずの量を確保できた。
ここまで見ると、なんだか雇われ人を卒業するインセンティブがなくなってきてしまう。
強い不満もない、待遇も悪くはない。
これがもし、僕がかつて勤めていたブラック企業でヒイヒイ言っていたら、もう少し真剣になるだろうが、そうでもないから仕方がない。
(そもそもブラック低賃金でヒイヒイ言っているのならまず転職すべし)
あとは聖帝サウザー師匠のように「勤め人という生き方自体がキライ」という気位のある人はアレルギー反応があるために根本的に卒業を目指し続けられる。
しかし僕はどうやら…そこまでのアレルギーがないようである。
ブラック環境にはアレルゲンがたくさんあるが、ホワイトマッタリ環境にはアレルゲンがないという体質のようだ。
脱出ポッドを建造する
これは由々しき事態と思う。
なぜなら僕は既にもう、雇われ人という生き方の限界と、馬鹿馬鹿しさに気がついているから。
いくら成果を出そうが、その分配は真の意味では為されようがないこと。
どこまで出世しても、取締役営業本部長になっても結局は社長の部下。
侍大将までにしかなれないということ。
自分に資産が積み上がらないこと。
このような知識は、不可逆のものだ。
そして今は、バカが消えて良い人が揃っているが、彼らが「バカ(僕にとっての)」になってしまう可能性も、ゼロではない。
外部からマネージャーを招聘するかもしれない。
工場が突如爆発してしまうかもしれない。
このような不安は消えないようになってしまっている。不可逆だ。
つまり安心しきって、イノセント勤め人になることはもう、僕にはできないのだ。
だからこそ、脱出ポッドが要る。
何かヤバい状況になって、もう勤務先に居たくないと思った時、躊躇なく乗り込んで「バイバイ」できる脱出ポッドが要る。
そのヤバい状況は、もしかしたら来ないかもしれないけれど、でも来るかもしれない。
そんな不安定な状況の中で、脱出ポッドがあるかないかは精神的に大きな違いとなる。
その脱出ポッドとは具体的には、収益源のことだ。
つまり自分の事業である。
小さな脱出ポッドが作れていたら、バイトエンジンを追加すれば、なんとか食いつなげるかもしれない。
中くらいの脱出ポッドなら、贅沢しなければ生きていけるかもしれない。
巨大な脱出ポッドでなくていい。
そういうレベルで構わないから、脱出ポッドを建造する。
脱出ポッドの建造には、勉強と、実作業とその時間が要る。
それをコツコツ、やっていく。
それが生業を作る、インセンティブのひとつになっている。
先述のSATニキは、見事に脱出ポッドを建造なされた偉大な先人だ。
SATニキのブログ、おすすめです。
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